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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)1303号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

保良公晃

被告

池田エミ

被告

河合シゲ

被告

齊藤スミ

右三名訴訟代理人弁護士

堀場正直

松尾孝直

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自九四万二〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五九年以前から、横浜弁護士会に所属している弁護士である。

(二)  貴俵勇(以下「被害者」という。)は、昭和五九年一〇月一八日三浦裕史(以下「加害者」という。)の運転する乗用車に衝突されて同日死亡した(以下「本件事故」という。)。

(三)  被告ら三名及び貴俵孝三郎は、被害者の兄弟姉妹、貴俵愛作及び佐藤佐智子は、被害者の甥、姪であつて、いずれも被害者の相続人であり、被害者には、他に相続人がいなかつた。

その相続関係は、別紙相続関係一覧表記載のとおりである。

2  被告らは、昭和五九年一一月一五日ころ、原告に対し、本件事故に関し、①損害賠償請求に関する示談交渉及び示談締結、②損害賠償金の受領、③復代理人の選任、④右各事項に係る一切の権限を委任し(以下「本件委任契約」という。)、貴俵孝三郎、貴俵愛作及び佐藤佐智子も、原告に対し、同様の委任をした(以下「本件外委任契約」という。)。

その際、被告らは、原告に対し、委任事務終了後に横浜弁護士会報酬規程に基づきこれにより算定される報酬及び費用等を支払う旨約した(以下「本件報酬支払約定」という。)。

3  原告は、本件及び本件外委任契約に基づき、加害者側代理人である高橋勝徳弁護士(以下「加害者側弁護士」という。)と交渉を重ね、誠実に委任事務を処理していた。

4  しかしながら、被告らは、昭和六〇年二月二三日付け書面で、原告に対し、何等の理由を明示せずに、本件委任契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。

そこで、原告は、同月二六日付け書面で、被告らに対し、本件解除の理由を問い合わせたが、被告らは、そのころ、同書面を受領しながら、原告に対し、何等の回答もしなかつた。

5  原告は、その後、本件外委任契約に基づき、貴俵孝三郎、貴俵愛作及び佐藤佐智子の代理人として、加害者側弁護士と交渉を続け、昭和六〇年四月一五日、同弁護士との間で示談を成立させた。

右示談の内容は、本件事故による損害賠償総額が二四五五万一九四〇円であること、その内金一〇五万一九四〇円が葬式費用及び病院費用として支払済であること、貴俵孝三郎、貴俵愛作及び佐藤佐智子の損害賠償金の合計が九四〇万円であること、右金員を加害者は同年五月一五日までに支払うことであつた。

6(一)  被告らは、原告に対し、前記2のとおり、委任事務終了後に横浜弁護士会報酬規程に基づきこれにより算定される報酬及び費用等を支払う旨約している(本件報酬支払約定)ところ、同規程五条は、「依頼者が、弁護士の責に帰することのできない事由で弁護士を解任したときは、弁護士は、その弁護士報酬等の全額を請求できる。」旨を定めている。

(二)  また、被告らがその後加害者から受領した損害賠償金は、各自四七〇万円であるところ、同規程二一条等によれば、右損害賠償金に係る着手金及び報酬金の合計額は、各自九四万二〇〇〇円となる。

よつて、原告は被告らに対し、委任契約に基づき、各自九四万二〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六〇年五月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

5  同5のうち、被告らが原告に対し何等の回答をしなかつたことは否認し、その余の事実は認める。

6(一)  同6(一)のうち、本件報酬支払約定のあつたことは否認し、その余の事実は知らない。

(二)  同(二)のうち、被告らがその後加害者から受領した損害賠償金が各自四七〇万円であることは認め、その余の事実は知らない。

三  被告らの主張

1  (本件委任契約の不成立につき)

被告らは、昭和五九年一一月三日、秋田県内の貴俵愛作の自宅に集まつたが、その際、被害者の勤務していた会社の社長である綾勇(以下「綾」という。)から、「私が全部してやる。相手も弁護士を立てるからこちらも弁護士を立てた方が早く解決するからこれに印を押すように。」と申し向けられて、同人の持参した多数の書類にその内容を十分に確認しないまま押印した。

その書類の中に、被告らの原告に対する委任状があつたかもしれないが、その当時、その委任状は、受任者の住所氏名欄をはじめとしてすべて空欄であり、かつ、被告らは、綾から受任者となる者の住所氏名を聞かされていなかつた。

その後も、原告から被告らに対する通知連絡が一切なく、被告らが綾の頼んだ弁護士である原告の住所氏名を知つたのは、次のような経緯からである。

被告河合シゲは、昭和五九年一二月ころ、綾に架電して加害者の住所や綾の頼んだ弁護士の住所氏名を聞いたところ、綾から「おまえ達がそんなことを知つてどうする。自分にまかせておけ。」と怒られ全然教えてもらえなかつた。そこで、同被告は、北海道の富良野警察署に赴き、同署から本件事件の管轄署である神奈川県の鎌倉警察署に架電し、同署の署員から加害者の住所氏名電話番号を教えてもらい、加害者に架電して加害者側弁護士の電話番号を教えてもらい、加害者側弁護士に架電して、このときはじめて、綾の頼んだ弁護士の住所氏名即ち原告の住所氏名を教えてもらつた。

以上のような経緯に照らすと、本件委任契約が成立しているとは、いえない。

2  (報酬請求権の不発生につき)

仮に、本件委任契約が成立しているとしても、原告の責に帰すべき事由により又は被告らの責に帰することのできない事由により、本件解除がなされたものであるから、原告は、本件委任契約に基づく報酬請求権を取得しえない。

(一) 被告らが昭和五九年一一月三日当時綾の頼む弁護士が誰であるかを知りえなかつたことは、前記のとおりであるところ、原告は右の事情を知悉していたのであるから、このような場合には、受任者である原告は、受任と同時に、委任者である被告らに対し、自己が受任した旨を通知し、被告らから事件処理の意向を聴取したうえでその処理の方針の概要を説明し協議する等の処置をとるべきであつた。これは、信頼関係を基調とする委任契約において、第一次的にかつ当然に要請されることである。

しかるに、原告は、これを怠り、被告らに対し、自己が受任したことの通知すらしなかつた。

(二) 被告らは、加害者が将来性のある若年者であつたことや本件事故による紛争を一時も早く解決することが被害者の供養になると考えていたこと等から、本件事故につき、より高額の損害賠償金を取得するより、多少少ない金額でも迅速な解決の方を望んでいた。

しかるに、原告は、被告らから事件処理の意向を聴取したうえでその処理の方針の概要を説明し協議する等の処置をとらないまま、加害者側弁護士に対し、後記のとおり、特段の根拠を示すことなしに実務上の標準額から極端に掛け離れた損害賠償金を請求し、これにより、本件事故による紛争の迅速な解決を遅らせ、もつて、被告らの意向に反する結果をもたらした。

(三) 法律の専門家である弁護士は、交通事故による損害賠償金のようにその損害額の算定方法が一般に定型化されていてその標準額が形成されている事件において、標準額をかなり上回る損害賠償金を請求する場合には、相手側弁護士に対し、漫然と損害額を示すだけでは足りず、標準額をかなり上回る損害賠償金を請求することを基礎付けるに足りる特段の事情の存在等それ相当の根拠を示すことが必要である。

しかるに、原告は、本件事故による損害賠償金の標準額及び標準的過失相殺割合が、①葬祭費 九〇万円、②逸失利益 一七六九万円余、③慰謝料 一三〇〇万円、④過失相殺割合 五ないし二〇パーセント、であるところ、原告が当初加害者側弁護士に対して請求した金額及び過失相殺割合は、①葬祭費 一〇〇万円(受領済)、②逸失利益 二六九六万円余、③慰謝料 五〇〇〇万円、④過失相殺割合 零パーセント、であつて、実務上の標準額から極端に掛け離れた合計七七〇〇万円弱の損害賠償金を請求したうえ、加害者側弁護士から、請求額の根拠を示すことを求められても、その根拠を示すことなく、漫然と、「それでは五〇〇〇万円ではどうですか。」等と単に総額を順次引き下げるだけであつた。

(四) 以上のとおり、原告は、本件委任契約の遂行にあたり、被告らに対し自己が受任したことを通知せず、被告らの意向に反する事務処理をし、その事務処理の内容も極めてきめの粗い不十分なものであつたことに照らすと、原告の責に帰すべき事由により又は被告らの責に帰することのできない事由により、本件解除がなされたものである。

3  (報酬額について)

仮に、原告が、本件委任契約に基づき、被告らに対し報酬請求権を有するとしても、その報酬額は、次のとおりの事情を斟酌して、信義則上相当額まで減額されるべきである。

被告らが加害者から受領した損害賠償金は、各自四七〇万円であるが、内金四〇〇万円については、自動車損害賠償責任保険より支給されるものであつて、法律の専門家である弁護士が受任者としてその交渉にあたらなくても、誰でも比較的容易に支給を受けられるものであるうえ、横浜弁護士会の自動車損害賠償責任保険請求の報酬に関する規程二条によれば、この部分についての報酬は六万円(四〇〇万円×一・五パーセント)となり、四七〇万円のうち右四〇〇万円を越える七〇万円については、これを経済的利益とみて、横浜弁護士会報酬規程一八条を適用すれば、着手金及び報酬金の合計額は最高でも一九万八〇〇〇円となり、結局、原告が被告らに対し請求しうる報酬額は、各自二五万八〇〇〇円を上回ることはない。

また、本件委任契約は、訴訟事件に係るものではなく、示談折衝事件に係るものであるところ、横浜弁護士会報酬規程二一条、二〇条、一八条によれば、示談折衝事件の着手金及び報酬金については、訴訟事件につき算定されるその各金額を三分の二に減額することができることとされているから、この点も十分に斟酌されるべきである。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が昭和五九年以前から横浜弁護士会所属の弁護士であること、本件事故があつたこと及びその被害者の相続関係が原告主張のとおりであること(請求原因1の事実)は、当事者間に争いがない。

二そこで、原告と被告ら間に本件委任契約及び本件報酬支払約定が締結された事実の有無並びにその経緯(請求原因2及び被告らの主張1の事実)につき、検討する。

1 前記一の事実に加えて、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被害者は、昭和五九年一〇月一八日当時、五五歳で、配偶者も子もおらず、神奈川県藤沢市内に本社のある三和土木工業株式会社の土木作業員として稼働していたが、同日午前零時五分ころ、同社の宿舎付近である同県鎌倉市内の道路(中央に車道があり、その東側には既舗装歩道が、その西側には未舗装歩道がある。)において、飲酒のうえ自転車を押しながら未舗装歩道東側の車道側端を歩行していた際、対向してきた加害者の運転する乗用車に衝突され、付近の病院に担ぎ込まれたものの治療の甲斐なく、同日午前一時四〇分ころ死亡した。

(二)  被告ら三名及び貴俵孝三郎は、被害者の兄弟姉妹、貴俵愛作及び佐藤佐智子は、被害者の甥、姪であつて、いずれも被害者の相続人であり、被害者には、他に相続人がおらず、その相続関係は、別紙相続関係一覧表記載のとおりであつたが、被告河合シゲ及び同齊藤スミは北海道に、その余の者は秋田県に各居住していた。

(三)  以上のとおり、被害者の身近には親族がいなかつたので、三和土木工業株式会社の代表取締役である綾は、右事故を知つて、とりあえず、同社としての葬式を執り行うこととして、直ちに、秋田県や北海道にいる同人の親族にその旨連絡し、その葬式の席には、同人の親族として貴俵愛作、その母及び貴俵孝三郎を迎えた。

また、被害者は、生前、若干の預金をしており、死亡時受取金二〇〇〇万円の生命保険を掛けていたのでこれらの財産関係を処理し、更に、加害者に対する損害賠償請求に関する示談交渉等の手続を処理する必要があつたが、被害者の身述には適任者もいなかつたので、とりあえず、綾がこれらの処理を担当せざるを得なかつた。

そのうえ、綾は、加害者側から、その刑事事件に用いる被害者の相続人ら名義の嘆願書の作成を依頼されてもいた。

そこで、綾は、昭和五九年一一月初めころ、かねてから知り合いの横浜弁護士会所属の弁護士である原告に対し、「加害者に対する損害賠償請求に関する示談交渉等の手続を依頼することになるかもしれないが、その際は、よろしくお願いしたい。」旨伝えるとともに、当時被害者の相続人として佐藤佐智子を除く全員を把握していたので、これらの者に対し、各自の印鑑登録証明書、実印及び戸籍謄本並びに被害者の除籍謄本を用意して集まるよう指示し、同月三日に秋田県内の貴俵愛作の自宅で同人らと落ち合うこととした。

(四)  佐藤佐智子を除く被害者の相続人らは、打ち合わせ通り昭和五九年一一月三日に秋田県内の貴俵愛作の自宅に集まり、そこで綾に会つた。

綾は、その場で、同人らに対し、予め加害者側弁護士に目を通してもらつて作成しておいた嘆願書(甲第二二号証)を示してこれに同人らの署名又は捺印を受けたうえ、「被害者の財産としては、預金が四五万円位ある。生命保険も掛けていて受取金が一五〇〇万円位あるが、受取人名は、齊藤スミとなつているようだ。損害賠償金も、加害者から、年内には、はいる。しかし、被害者には、佐藤チイ子という女がいた。女が騒ぐと四分の三もとられてしまう。女には、相続人一人分の損害賠償金を渡してやれ。加害者との示談交渉は、知人の弁護士に頼んで、できるだけ安く、やつてもらうようにする。弁護士に対するお礼の支払は、示談交渉が済んで損害賠償金が出てからでいい。示談交渉についての相続人らの連絡の窓口は、貴俵愛作としよう。」と申し向けて、これを同人らに了承してもらい、「1 齊藤スミ 遺贈権は放棄する。2 生命保険の受領に関しては齊藤スミさんが受領する。3 佐藤チイ子に対する配分は遺族補償の一人分の額とする。4 故人の墓は生家の墓地に作る。5 預金については別途に使用する。(四五〇、〇〇〇円位)6 上記金額については池田留太郎名義の口座に送金する。」との書面(甲第二四号証、以下「確認書」という。)を作成してこれに同人らの署名捺印を受け、更に、「①損害賠償請求に関する示談交渉及び示談締結、②損害賠償金の受領、③復代理人の選任、④右各事項に係る一切の権限を委任する」旨が印刷されていたが作成年月日、受任者の住所氏名、事故発生年月日及び被害者名の各欄が空白のままの保険会社提出用の委任状(甲第一号証の一ないし五)に同人らの捺印を受け、同人らから印鑑登録証明書(甲第二号証の一ないし五)の交付を受けたが、この機会に、同人らに対し、受任者となるべき弁護士の住所氏名を明らかにしておかなかつた。

(五)  綾は、秋田県から帰つてまもなくの昭和五九年一一月中旬ころ、原告に対し、右経過を話したうえで、被害者の相続人らから、加害者に対する損害賠償金に関する示談交渉等をすることにつき弁護士を頼むよう言われているので、これを受任して欲しい旨を述べた。

原告は、右経過を聞いたうえ、特段の異議を述べることなくこれを受諾して、綾から前記確認書、委任状及び印鑑登録証明書等の交付を受けた。

綾は、その際、原告に対し、「相続人が各地に散らばつているので、私が窓口になるほか、相続人の方は、貴俵愛作が窓口になるから、あなたから、相続人各人に対し、連絡しなくてもよい。」旨話した。

(六)  原告は、その後直ちに、加害者に対する損害賠償金に関する示談交渉を始めたが、被害者の相続人らとの連絡は、綾に任せ、自らは、昭和六〇年一月末又は同年二月初めころ、綾が原告の事務所に来て二、三度貴俵愛作に架電した際、電話に出て貴俵愛作と話をして経過報告をした程度で、他に、被害者の相続人らとの連絡は、本件解除がなされた同年二月二三日以前には全くしなかつた。

他方、綾は、貴俵愛作との間で、一か月一、二回の割合で連絡をとつていたが、他の相続人との間での連絡は密でなく、また、被告らに対しては、受任した弁護士である原告の住所氏名を自らは知らせず、後に、被告河合シゲからこれを尋ねられるも教えなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人綾勇の証言部分及び原告本人の供述部分は、これをにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、〈証拠〉中には、「綾は、昭和五九年一一月三日秋田県の貴俵愛作の自宅で佐藤佐智子を除く被害者の相続人らに会つた際、同人らに対し、示談交渉を弁護士に委任するについての弁護士報酬は、横浜弁護士会報酬規程に基づいて決める旨を話して、同人らにこれを了承してもらつた。」旨の証言又は供述部分があるが、右部分は、被告河合シゲ本人尋問の結果に反するうえ、綾が同日横浜弁護士会報酬規程を持参してこれを被害者の相続人らに示したことを認めるに足りる証拠もないことに照らすと、これをにわかに措信しがたい。

2  以上の事実によれば、被告らは、貴俵愛作及び貴俵孝三郎とともに、昭和五九年一一月三日、綾の知人である弁護士に対し本件事故に関して、①損害賠償請求に関する示談交渉及び示談締結、②損害賠償金の受領、③復代理人の選任、④右各事項に係る一切の権限を委任することとし、綾に対し、右委任の意思を同弁護士に伝達することを委ねるとともに、被告ら、貴俵愛作及び貴俵孝三郎の連絡の窓口を貴俵愛作と定めた一方、原告は、同月中旬ころ、綾を介して右委任の意思を伝達されて、これを受諾することとし、綾に対し、右受諾の意思を被告ら、貴俵愛作及び貴俵孝三郎に連絡することを委ねたものと認めるのが相当であるところ、同人らの連絡の窓口とされた貴俵愛作に対し、綾において、一か月一、二回の割合で連絡をとつていたのであるから、原告の右受諾の意思は、遅くとも同年一一月中には、右貴俵愛作に伝達されたことが推認される。

そうすると、原告と被告らとの間において、遅くとも同年一一月中には、本件委任契約についての意思表示の合致をみるに至つたもので、そのころ、本件委任契約が成立したものということができる。なお、被告らは、綾から原告の住所氏名を教えてもらえず、また、原告から被告らに対する受任の通知連絡もなかつた旨主張するが、右主張に係る事実が本件委任契約に基づく報酬額の算定に考慮されうることは格別、被告ら、貴俵愛作及び貴俵孝三郎は、同人らの連絡の窓口を貴俵愛作と定めていたのであるから、原告の委任受諾の意思表示が右貴俵愛作に到達している以上、右判断を左右するに足りるものではない。

3  また、原告は、被告らが原告に対し委任事務終了後に横浜弁護士会報酬規程に基づきこれにより算定される報酬及び費用等を支払う旨約した(本件報酬支払約定)旨主張するが、これに副う〈証拠〉は、前記1のとおり措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、前記1認定の事実によれば、被告らは、綾を介して、原告に対し、本件委任契約に基づき報酬を支払うこと、報酬額はできるだけ安くすること、報酬の支払時期は示談交渉が済んで損害賠償金を加害者から受領するときとすることを約し、原告も、これに対して特段の異議を述べなかつたことは、これを認めることができるので、被告らと原告との間において、右限度での報酬支払約定が成立したものということができる。

三被告らが昭和六〇年二月二三日付け書面で原告に対し何等の理由を明示せずに本件委任契約を解除する旨の意思表示をしたこと(本件解除)は、当事者間に争いがない。

ところで、委任契約の解除は、将来に向かつてのみその効力を生ずるから、受任者が解除時までに委任事務の一部を履行している場合においては、受任者は、委任者に対し、その履行の割合に応じて、特約に基づく報酬を請求しうるが、受任者の責に帰すべき事由のあるときは、これを請求しえないものである(民法六五二条、六二〇条、六四八条)。なお、被告らは、委任者の責に帰することのできない事由により委任者が委任契約を解除した場合においても受任者は委任者に対し報酬を請求しえない旨主張するが、民法六四八条三項は、「委任カ受任者ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リ其履行ノ半途ニ於テ終了シタルトキハ受任者ハ其既ニ為シタル履行ノ割合ニ応シテ報酬ヲ請求スルコトヲ得」と定めており、委任者の責に帰することのできない事由の有無については何等規定していないこと、委任契約は、委任者の死亡、破産等の通常委任者の責に帰することのできない事由によつても終了する(同法六五三条)が、これらの場合において委任者は受任者に対する前項に基づく報酬請求権を失わないと解されること、委任契約は、委任者が受任者に対し一定の事務の処理を委託することを目的とするものであつて、その報酬は、委任事務を処理する労務そのもの又はこれによる成果に対する対価の性格を有するものであるが、他方、委任者は何時でも委任契約を解除することができる(同法六五一条一項)から、委任者の責に帰することのできない事由により委任者が委任契約を解除した場合においても受任者は委任者に対し報酬を請求しえないものとすれば、受任者は、その責に帰すべき事由なくして委任事務の一部を処理していながら自己の与り知らない事由により報酬請求権を失いかねないことなどに照らすと、被告の右主張は、到底採用できない。

そこで、本件委任契約の委任者である被告らがその受任者である原告に対してなした本件解除につき、受任者の責に帰すべき事由があつたか否かにつき、検討する。

1  被告らは、まず第一に、被告らが昭和五九年一一月三日当時綾の頼む弁護士が誰であるかを知りえなかつたとこころ、原告は右の事情を知悉していたのであるから、このような場合には、受任者たる原告は、受任と同時に、委任者たる被告らに対し、自己が受任した旨を通知し、被告らから事件処理の意向を聴取したうえでその処理の方針の概要を説明し協議する等の処置をとるべきであつたにも拘わらず、原告は、これを怠り、被告らに対し、自己が受任したことの通知すらしなかつた旨主張する。

確かに、弁護士が、紹介者を介して間接的に、交通事故によつて死亡した者の複数の相続人らから、加害者に対する損害賠償金の示談交渉等につき委任を受けた場合においては、同相続人らに対し、自己が受任した旨を書面若しくは口頭により通知し又は面談のうえこれを告知し、同相続人らから事件処理の意向を聴取したうえでその処理の方針の概要を説明し協議する等の処置(以下「説明協議等」という。)をとるべきである。

しかしながら、同相続人らに対する通知説明協議等は、その全員に対してすることが望ましいものの、同相続人らの人数、相続関係、住所及び親密度等の諸般の事情により、そのうちの一人を通知連絡先と定めてこの者に対してのみ通知説明協議等をすることも、同相続人らの同意があるときには、許されるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記二1、2の事実によれば、被告ら、貴俵愛作及び貴俵孝三郎は、北海道又は秋田県に各居住していて、被害者が生前その生活の本拠としていた神奈川県から遠く離れていたこと、同人らは、昭和五九年一一月三日に貴俵愛作の自宅に集まつた際、同人らの連絡の窓口を貴俵愛作と定めたこと、右貴俵愛作に対し、遅くとも同月中には、原告の受任の意思表示が到達していること、原告は、同六〇年一月末又は同年二月初めころ、貴俵愛作に対し、自ら電話で話をして経過報告をしていることが認められるから、原告は、一応、被告ら、貴俵愛作及び貴俵孝三郎に対する通知説明協議等の義務を果たしたものとみるのが相当である。

なお、貴俵愛作が被告らに対し、受任者である原告の住所氏名及び原告からの経過報告を伝達していなかつたとしても、このことは、被告らとその連絡の窓口とされた貴俵愛作との間の問題であつて、これにより、受任者である原告が被告らに対する義務を怠つたということはできない。

よつて、被告らの右第一の主張は、採用できない。

2  被告らは、第二に、被告らが、本件事故につき、より高額の損害賠償金を取得するより、多少少ない金額でも迅速な解決の方を望んでいたところ、原告は、被告らに対する説明協議等をしないまま、加害者側弁護士に対し、特段の根拠を示すことなしに実務上の標準額から極端に掛け離れた損害賠償金を請求し、これにより、本件事故による紛争の迅速な解決を遅らせ、もつて、被告らの意向に反する結果をもたらした旨主張する。

しかしながら、弁護士が、交通事故によつて死亡した者の複数の相続人らから、加害者に対する損害賠償金の示談交渉等につき委任を受けた場合においては、特段の事情のない限り、同相続人らの一部の者のみの意向によつてではなく、同相続人らの全員の意向によつて、その委任事務を統一的に処理するのが相当である。したがつて、弁護士が、同相続人らの一部の者の意向に反する事務処理をした場合においても、このことから直ちに、同人らの関係において、受任者である弁護士の責に帰すべき事由があるものということはできず、同相続人ら全員のための統一的な事務処理を排してその一部の者につき異なる事務処理をすべき特段の事情があるときにおいて、はじめて、同人らの関係において、受任者である弁護士の責に帰すべき事由があるものと解するのが相当である。

また、交通事故による損害賠償金額は、事故態様、被害結果、事故当事者双方の過失の有無及びその程度、被害者の収入及びその家族関係並びにその他の損害賠償金算定の基礎となる諸般の事情が斟酌されて決定されるものであるうえ、事故当事者又はその代理人の交渉に加えて保険会社の査定も関係するのが通常であるから、弁護士が、被害者側の代理人としてその示談交渉等の委任事務を処理する方法には一定程度の裁量が認められるうえ、その処理に必要な期間は、事案により様々であつて、一概に決定しがたいものである。したがつて、弁護士が、右委任事務を処理するにあたつて、通常とは異なる方法を採用し、又は通常必要とされる期間を多少超過したとしても、このことから直ちに、受任者である弁護士の責に帰すべき事由があるものということはできず、その処理方法が著しく妥当ではなく、又はその処理に要する期間が著しく長くかかつているような場合において、受任者である弁護士の責に帰すべき事由があるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、加害者に対する損害賠償金の示談交渉等を原告に対し委任した相続人は、被告ら三名のみではなく、貴俵愛作及び貴俵孝三郎も当初からいたことは前記二1のとおりであるところ、貴俵愛作及び貴俵孝三郎の意向が被告ら主張の右意向と同じであつたこと及び被告らにつきその委任事務を他の者とは分離して処理すべき事情等の特段の事情のあつたことはこれを認めるに足りる証拠がない。

しかのみならず、貴俵愛作が、被告ら、貴俵愛作及び貴俵孝三郎の連絡の窓口と定められたことは前記二1のとおりであるところ、右貴俵愛作から原告に対し被告ら主張の右意向が伝えられたことを認めるに足りる証拠もない。

そして、原告が、一応、被告らに対する通知説明協議等の義務を果たしたものとみるべきであることは、前記1説示のとおりである。

更に、後記3のとおり、原告が加害者側弁護士に対してなした請求金額の提示が実務上の標準額から極端に掛け離れたものであることは否定しがたいが、その処理方法が著しく妥当ではなく、又はその処理に要する期間が著しく長くかかつていると断ずることはできない。

よつて、被告らの右第二の主張は採用できない。

3  被告らは、第三に、法律の専門家である弁護士は、交通事故による損害賠償金のようにその損害額の算定方法が一般に定型化されていてその標準額が形成されている事件において、標準額をかなり上回る損害賠償金を請求する場合には、相手側弁護士に対し、漫然と損害額を示すだけでは足りず、標準額をかなり上回る損害賠償金を請求することを基礎付けるに足りる特段の事情の存在等それ相当の根拠を示すことが必要であるところ、原告は、これを怠り、実務上の標準額から極端に掛け離れた損害賠償金を請求したうえ、加害者側弁護士から、請求額の根拠を示すことを求められても、その根拠を示すことがなかつたものである旨主張する。

当裁判所も、被告らの右法律上の主張は、正当と考える。

しかしながら、弁護士が交通事故による被害者側から加害者に対する損害賠償金の示談交渉等につき委任を受けた場合において、右委任事務を処理するにあたつて、通常とは異なる方法を採用し、又は通常必要とされる期間を多少超過したとしても、このことから直ちに、受任者である弁護士の責に帰すべき事由があるものということはできず、その処理方法が著しく妥当ではなく、又はその処理に要する期間が著しく長くかかつているような場合において、受任者である弁護士の責に帰すべき事由があるものと解するのが相当であることは、前記2説示のとおりである。

そこで、これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五九年一一月中旬ころ、綾から経過報告を受けて直ちに加害者側弁護士に架電したうえ、同弁護士に対し、同月二〇日付け請求書(甲第四号証)を送付したが、同請求書には、原告が佐藤佐智子を除く相続人ら及び内縁の妻佐藤チイ子の代理人として、加害者に対し、①葬祭費は、一〇〇万円(受領済)、②逸失利益は、被害者の収入額につき、その実際の収入額を採用せず、その死亡時年令である五五歳の者の自賠責保険損害査定要綱に基づく年令別平均給与額を採用して、一か月三七万五一〇〇円とし、生活費控除につき、三五パーセントとし、就労可能期間に対応する係数につき、新ホフマン係数により九・二一五として、二六九六万円余、③慰謝料は、被害者本人につき、三〇〇〇万円、内縁の妻につき、五〇〇万円、相続人五人につき、各三〇〇万円として、合計五〇〇〇万円、以上総計七六九六万円余の損害賠償金を請求する旨を記載していた。

(二)  加害者側弁護士は、原告に対し、昭和五九年一二月五日付け回答書(甲第五号証)を送付したが、同回答書には、誠意をもつて話し合いを進めたいと思うが、①被害者の収入額は、その実際の収入額を採用するのが普通であること、②生活費控除は、内縁の妻がいる場合では四〇パーセント、これのいない場合では五〇パーセントとするのが普通であること、③佐藤チイ子が内縁の妻といえるかどうか問題があるので、それを証明する資料を送付して欲しいこと、④慰謝料額は、実務上、妻子がいる一家の支柱の場合でも通常一五〇〇万円から一八〇〇万円なので、被害者の場合には、これを上回るとは思われないこと、⑤過失相殺割合を零パーセントとするのは、難しいこと等を具体的に指摘して、原告において損害賠償額を再度検討することを求める旨が記載されていた。

(三)  そこで、原告は、昭和六〇年一月初めころ、加害者側弁護士に対し、被害者の源泉徴収票及び民生委員作成で「被害者と佐藤チイ子とが昭和五七年一〇月ころから生計をともにしていたことを証明する。」旨の記載された証明書(甲第三号証の二)を送付するとともに、同弁護士に架電して「損害賠償金額は、五〇〇〇万円位でどうか。」との意見を伝えたが、同弁護士の同意を得られなかつた。

(四)  加害者側弁護士は、原告に対し、昭和六〇年一月一七日付け書面(甲第六号証)を送付したが、同書面には、①保険会社における内縁関係の認定は、民生委員の証明書だけでは難しいこと、②仮に、被害者に内縁の妻がいたものとして、被害者の源泉徴収票に基づきその一年間の実際の収入金額を四〇八七万円余とし、これに生活費控除を四〇パーセントとし、就労可能期間に対応するライプニッツ係数八・八六三を乗ずると、逸失利益は、二一七三万円余となり、慰謝料を一五〇〇万円、葬祭費を九〇万円とし、過失相殺割合を二割ないし二割五分とすると、損害賠償金額は、三〇一〇万円余ないし二八二二万円余となるが、被害者に内縁の妻がいたとはいえない場合にはこれを下回らざるをえないことを具体的に指摘して、原告において損害賠償額を再度検討することを求める旨が記載されていた。

(五)  原告は、そこで、昭和六〇年一月二八日ころ、加害者側弁護士に対し、三和土木工業株式会社の代表取締役及び従業員ら作成で「被害者と佐藤チイ子とが昭和五七年一月二二日結婚披露宴を開いた。」旨の記載された証明書(甲第三号証の一)を送付した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実に加えて、前記二1認定の事実によれば、原告は、加害者側弁護士に対して、当初、慰謝料を合計五〇〇〇万円とし過失相殺を考慮しないでその損害賠償金総額を七七〇〇万円弱と算定して提示し、後に、特段の根拠も示さずその総額を五〇〇〇万円に減額しているが、被害者は、本件事故当時、五五歳で、配偶者も子もいない有職者であり、深夜、神奈川県鎌倉市内の道路において、飲酒のうえ自転車を押しながら車道側端を歩行していた際、対向してきた加害者の運転する乗用車に衝突されて死亡したものであることが認められるところ、本件事故の右態様に照らせば、過失相殺を考慮せざるをえないうえ、被害者の右年令及び家族関係に加えて、弁護士が交通事故による損害賠償金額の算定基準として通常活用している東京三弁護士会交通事故処理委員会編の「民事交通事故訴訟における損害賠償額算定基準」(昭和五九年二月版)及び財団法人日弁連交通事故相談センター専門委員会編の「損害額算定基準」(昭和五八年九月版)に照らせば、死亡慰謝料は、被害者が、一家の支柱の場合でも、一五〇〇万円から二〇〇〇万円、独身男性の場合では、一一〇〇万円から一六〇〇万円とされているから、その余の点についての原告の加害者側弁護士に対する請求額の算定基準の当否はともかく、過失相殺を考慮していない点及び慰謝料の点については、些か実務的基準と異なり、この結果、原告の請求金額が実務上の標準額から極端に掛け離れたものとなつていることは、否定しがたい。

しかしながら、以上認定のとおり、原告は、加害者側弁護士に対する請求にあたり、当初から、請求金額の費目を実務上の方法に従つて細分化したうえ、その算定根拠も一応示しており、また、加害者側弁護士からの要求があるやこれに従つて必要な書類も送付していること及び原告は、綾から経過報告を受けて直ちに委任事務の処理に着手し、その後二か月の間に以上の事務処理を遂行していることに照らすと、原告の委任事務の処理方法が著しく妥当ではなく、又はその処理に要する期間が著しく長くかかつていると断ずることはできない。

よつて、被告らの右第三の主張は採用できない。

4  以上のとおり、本件委任契約の委任者である被告らがその受任者である原告に対してなした本件解除につき、受任者の責に帰すべき事由があつたということはできない。

かえつて、本件解除は、次のとおりの事由により、なされたものとみることができる。

前記二1(四)認定の事実に加えて、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

被告らは、昭和五九年一一月三日貴俵愛作の自宅において、綾から、「被害者の財産としては、預金が四五万円位ある。生命保険も掛けていて、受取金が一五〇〇万円位あるが、受取人名は、齊藤スミとなつているようだ。損害賠償金も、加害者から、年内には、はいる。」と聞いていたが、その後、右預金の金額が六〇〇万円位であるらしいこと、右生命保険の受取人名も、被告齊藤スミではなく、その金額も二〇〇〇万円であること等を知り、また、同年中には損害賠償金を受領できなかつたことなどから、綾に対する不信感を抱くようになつた。

被告河合シゲは、同六〇年一月ころ、被害者の相続人らの連絡の窓口とされた貴俵愛作から、「被害者の預金は六〇〇万円あつて、これを綾が北海道にいる者に送つたと、綾から聞いたが、その金はどうした。」との旨の電話連絡を受けたが、同被告が自らこれを受領していなかつたことなどから、貴俵愛作との間で相互に不信感を抱くようになつて結局は同人と喧嘩状態となり、そこで、更に、綾に直接連絡したが、綾からは納得のいく説明が得られなかつたうえ、これまでに損害賠償金の示談交渉等を頼んだ弁護士の住所氏名を貴俵愛作からも綾からも聞いていなかつたのでこれを尋ねるも教えてもらうことができず、同人とも喧嘩状態となつた。

そこで、同被告は、そのころ、北海道の富良野警察署に赴き、同署から本件事件の管轄署である神奈川県の鎌倉警察署に架電し、同署の署員から加害者の住所氏名電話番号を教えてもらい、加害者に架電して加害者側弁護士の電話番号を教えてもらい、加害者側弁護士に架電して、このときはじめて、綾の頼んだ弁護士の住所氏名即ち原告の住所氏名を教えてもらつた。

以上のような経過から、被告らは、綾及び同人の知人である原告を信頼することができず、同六〇年二月二三日付け書面で、原告に対しては、本件委任契約を解除する旨の意思表示(本件解除)をし、綾に対しても、同人に対する委任関係があるとすればこれを解除する旨の意思表示(甲第二五号証の一、二)をした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上のとおり、被告らが昭和五九年一一月三日に綾と会つた際に同人から説明を受けた被害者の預金の金額、生命保険の金額及び受取人並びに損害賠償金の受領時期の予想等と、被告らがその後に知つたこと又は起つたことが食い違つて来ていたところ、被告らは、貴俵愛作から被告らに対する連絡の内容につき疑問に感ずる点もあつたことから、右食い違いや疑問点につき、綾に説明を求めたが、同人から、納得のいく説明が得られなかつたうえ、加害者に対する損害賠償金の示談交渉等を頼んだ弁護士の住所氏名を尋ねるもこれを教えてもらえなかつたばかりか、綾と喧嘩状態となつてしまつたので、いきおい、綾に対する不信感から、その知人である原告に対する本件解除をなしたものであると認めるのが相当である。

ところで、前記二1(四)、2のとおり、綾は、被告らに対し、「加害者との示談交渉は、知人の弁護士に頼んで、やつてもらうようにする。示談交渉についての相続人らの連絡の窓口は、貴俵愛作としよう。」との旨申し向けこれを被告らに了承してもらつて、被告らから、本件委任契約に係る委任の意思を同弁護士に伝達することを委ねられたのであるから、その委ねられた事務の結果、すなわち、原告が本件委任契約に係る受諾の意思表示をしたことにつき、貴俵愛作に対して報告する義務があることは勿論、被告らから尋ねられればこれを教える義務があり(民法六四五条)、これを拒む何らの理由もないものである。そして、綾が、被告河合シゲからこれを尋ねられた際、これを明らかにしていれば、被告らが原告に対して直接に連絡をとつて、弁護士である原告から適切な説明を受けることにより、被告らが本件解除をせずに済ますことになる蓋然性は、十分にあつたものと認めるのが相当である。

そうすると、本件解除は、受任者である原告でも委任者である被告らでもなく、綾の責に帰すべき事由によりなされたものというべきである。

四以上によれば、原告は、被告らに対して、本件委任契約に伴う前記二3認定のとおりの報酬支払約定に基づき、原告が本件解除時である昭和六〇年二月二三日ころまでに履行した委任事務の割合に応じて、報酬を請求しうることになる。

1  そこで、まず、原告の履行した委任事務の割合につき、検討する。

請求原因5の事実及び同6のうち被告らが加害者から受領した損害賠償金が各自四七〇万円であることは当事者間に争いがないところ、この事実に加え、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

原告は、本件解除時である昭和六〇年二月二三日以後は、貴俵愛作及び貴俵孝三郎との間の本件外委任契約に基づく委任事務として特別に調査検討等する事務もなく、同年三月初めころ、被害者の相続人として、佐藤佐智子のいることに気付き、同女から加害者に対する損害賠償金の示談交渉等の委任を受け、被害者の相続人らのうち、被告らを除く貴俵愛作、貴俵孝三郎及び佐藤佐智子の代理人として、加害者側弁護士と若干の交渉のすえ、同月末には、特段の問題を生ずることなく、示談金額も確定し、同年四月一五日、同弁護士に同日付け示談書(甲第一一号証)を作成送付してもらつて、同弁護士との間で、「本件事故による損害賠償総額が二四五五万一九四〇円であること、その内金一〇五万一九四〇円が葬式費用及び病院費用として支払済であること、貴俵孝三郎、貴俵愛作及び佐藤佐智子の損害賠償金の合計が九四〇万円であること、右金員を加害者は同年五月一五日までに支払う。」旨の示談を成立させ、また、被告らも、ほどなく、加害者側弁護士との間で、被告らの受領すべき損害賠償金を各自四七〇万円とする右同旨の示談を成立させて、同年五月中旬ころこれを受領した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告は、本件解除時である昭和六〇年二月二三日ころまでに本件委任契約に基づく委任事務のほとんどを終えていたものでその後にさしたる労力も費していないものということができるので、原告がそれまでに履行した委任事務の割合は、一〇割とみてさしつかえないものというべきである。

2  次に、原告が被告らに対して請求しうる報酬金額につき、検討する。

被告らと原告との間で、本件委任契約に基づき被告らが原告に対して報酬を支払うこと、報酬額はできるだけ安くすること、報酬の支払時期は示談交渉が済んで損害賠償金を加害者から受領するときとする旨の報酬支払約定が成立したことは、前記二3認定のとおりである。しかしながら、本件においては、これ以上に詳細な約定がないので、このような場合には、委任事務の性質、難易の程度、受任者が費やした労力、委任者が受けた利益、原告所属弁護士会所定の報酬規程その他諸般の事情を斟酌して、当事者の意思を推定し、もつて相当報酬額を算定すべきものである。

第一に、委任事務の性質、難易の程度についてみるに、前認定の事実によれば、本件委任契約の目的は、本件事故により死亡した被害者の相続人のため加害者に対する損害賠償金の示談交渉等の事務を処理することであるが、本件事故は、比較的簡単な交通事故類型に属し、その損害賠償金額の算定は、相続人にとつては問題を生ずる点もほとんどなく、定形的な算定が可能なものである。そして、加害者側には、弁護士もついており、同弁護士が提示した損害賠償金額及び算定方法は、合理的かつ実務的に相当なものであつたから、原告において通常の損害賠償金額及び算定方法を採用すれば、示談交渉の合理的かつ円滑な遂行が期待できるものであつたといえる。

第二に、原告の費した労力についてみるに、前認定の事実に加えて〈証拠〉によれば、原告の受任から示談の成立までの期間は、約五か月であり、この間、原告は、委任者である被告ら、貴俵愛作、貴俵孝三郎及び佐藤佐智子との面談及び同人らに対する書面による報告は一切なく、加害者側弁護士との面談もなく、保険会社の面談による交渉もなく、同社との交渉は加害者側弁護士が全面的に遂行し、示談書の起案及びタイプも加害者側弁護士に任せ、貴俵愛作に対する電話による報告が三回位、加害者側弁護士に対する請求書一通、同電話数十回、同関係資料送付一〇回位であることが認められ、原告が本件委任契約の事務処理に費した労力は、さほど多かつたというほどのものではない。

第三に、被告らの得た損害賠償金は、前認定のとおり、各自四七〇万円であるが、被害者の死亡という一個の事実によつて発生した損害賠償金(葬式費用及び病院費用として支払済のものを除く。)としては、相続人全体で二三五〇万円である。

第四に、〈証拠〉によれば、横浜弁護士会報酬規程は、民事事件における弁護士報酬の主たるものを着手金及び報酬金とし、着手金はその事件等の対象の経済的利益の価額を、報酬金はその事件等処理により確保した経済的利益の価額を基準として算定し(一五条)、手形小切手訴訟を除く訴訟事件、非訟事件、家事審判事件、行政審判事件及び仲裁事件の着手金並びに報酬金は、経済的利益の価額を基準として、別表のとおりとするが(一八条一項)、これを事件の内容により、それぞれ三〇パーセントの範囲内で増減額できることとし(同条二項)、示談折衝事件の着手金及び報酬金は、一八条の規定を準用するが、ただし、それぞれの額を三分の二に減額することができる(二一条、二〇条一項)旨を定めていることが認められる。

そこで、前記事実に基づき、横浜弁護士会報酬規程を適用して、本件委任契約に伴う報酬支払約定による着手金及び報酬金を算定するに、それぞれの経済的利益の価額は、二三五〇万円であるから、同規程二一条、二〇条一項本文、一八条一項、別表によれば、別紙計算表のとおり、その合計額は三〇四万円となる(なお、この算定にあたり、第三に述べたところから、相続人の個々にではなく、相続人全体につき経済的利益の価額を考えるのが相当である。)。そして、被告らと原告との間には、報酬額をできるだけ安くするとの合意があつたので、まず同規程二一条、二〇条一項本文、一八条二項により三〇パーセントの減額をすると、二一二万八〇〇〇円となり、更に本件委任契約の目的が示談交渉等なので同規程二一条、二〇条一項但書により三分の二に減額すると、一四一万八六六六円となる。これが相続人全体の経済的利益の価額に対する着手金及び報酬金の合計額となるから、被告らが得た損害賠償金額の割合(各自五分の一)に按分すると、被告ら各自につき、二八万三七三三円となる。

(なお、被告ら主張の横浜弁護士会の自動車損害賠償保険請求の報酬に関する規程(乙第一号証)は、同弁護士会交通事故処理委員会から事件の配点を受けた事案につき適用されるものであつて、本件には適切でない。)

右のとおり、原告が被告らに対して請求しうる報酬額は、横浜弁護士会報酬規程を基準にして算定すると各自右金額になるが、これに若干の通信費等の費用を考慮したうえ、本件に顕われた諸般の事情を斟酌して、その報酬額を各自三〇万円とするのが相当である。

五よつて、原告の本訴請求は、委任契約に伴う報酬支払約定に基づき被告ら各自に対し報酬金三〇万円及びこれに対する弁済期(被告らが損害賠償金を受領した日の翌日)以後の日である昭和六〇年五月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官橋本昇二)

別 表

経済的利益の価額の範囲

着手金

報酬金

五〇万円以下のもの

一五%

同上

五〇万円を超え一〇〇万円以下の部分

一二%

同上

一〇〇万円を超え三〇〇万円以下の部分

一〇%

同上

三〇〇万円を超え五〇〇万円以下の部分

八%

同上

五〇〇万円を超え一〇〇〇万円以下の部分

七%

同上

一〇〇〇万円を超え五〇〇〇万円以下の部分

五%

同上

五〇〇〇万円を超え一億円以下の部分

四%

同上

一億円を超える部分

三%

同上

別紙計算表

経済的利益の価額  二三五〇万円

経済的利益の価額の範囲

同部分の価額(万円)

着手金及び報酬金割合

着手金及び報酬金合計

五〇万円以下の部分

五〇

三〇%

一五万円

五〇万円を超え一〇〇万円以下の部分

五〇

二四%

一二万円

一〇〇万円を超え三〇〇万円以下の部分

二〇〇

二〇%

四〇万円

三〇〇万円を超え五〇〇万円以下の部分

二〇〇

一六%

三二万円

五〇〇万円を超え一〇〇〇万円以下の部分

五〇〇

一四%

七〇万円

一〇〇〇万円を超え五〇〇〇万円以下の部分

一三五〇

一〇%

一三五万円

合計

二三五〇

三〇四万円

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